井上太市池坊いけばな教室

いけばなを学んでみませんか

いけばなって楽しいですよ。美しい花が、自分の手を経てもっともっと輝いた時はとっても嬉しいです。そんな時はお花も喜んでくれている気がします。それを見た人が幸せな気持ちになってくれるとさらにいいですね。いつもそういう風に上手く行く訳ではありませんが(というか上手くいかない時の方が多いですが)、たまに出会えるそういう瞬間に、ああ、いけばなをやっていてよかったなあと感じます。

日常にお花があるってなかなかいいんです。一輪挿しでもいい、部屋に植物があるとそれだけで雰囲気がぐっと変わります。自分で生けた花だとなおさらです。空気が澄み渡るようなすがすがしい気分になります。それに、簡単に模様替えができるのもいいですね。家具や小物をしょっちゅう変える訳にはいきませんが、お花は自然に枯れてしまいますからいつも四季折々の花が部屋を彩ってくれます。部屋にいながら季節を感じられるのも素敵だと思います。今は温室栽培や海外からの輸入で一年中お花屋さんの店頭に並ぶ花も多いのですが、やっぱり当季の花を見ると何となく親しみを覚えて、そういうのが部屋にいけられていると気分がいいものです。

いけばなをやっているとお花のことが好きになります。僕もいけばなを始めるまではお花のことなんて何も知らなかったし、興味もありませんでした。それが今ではすっかり花気狂いです。今まで目に留らなかったような植物の姿にもはっと心を惹かれるようになります。だから散歩が楽しいです。都会に住んでいても、よく注意してみるといたるところに植物はあって楽しませてくれます。ちょっと得した気分です。

日本について考えるきっかけにもなります。いけばなって五百年以上の歴史があるんです。それだけの時間を経て、色々な人が花をいけてきました。そうやって蓄積された様々な工夫や花に対する考え方がいけばなには詰まっています。昔の人はどういうふうに花と向き合ってきたか、そこに何を見出してきたのかを学ぶことで、日本人の美意識や価値観のようなものが朧げながらでも感じられるのではあるまいかと思っています(僕はまだ全然わかりませんけれど)。昔の書物や絵図なんかを見るのも楽しいですよ。

それから、お花をいけている時間だけは驚くほど集中できます。この集中力も根気も体力も全くない僕でさえもです。これはちょっとびっくりです。本当に気がつくとあっという間に時間が経っています。

自分が全部出るのも面白いです。ここで手を抜いた、ここを妥協したっていうのは正直にお花に出て、自分の弱さをまざまざと見せつけられます。こう書くとなんだか大袈裟な感じがしますが、程度の大小はあれども誰でもそういう風に感じるんじゃないかなあと思います。これはいけばなに限った事ではないのでしょうが、何かを作る、表現するっていうことは、そうやって自分の何かしらがそこに出るということだと僕は思っています。だから、いい花をいけようと思うと自分と向き合わざるを得ません。僕はそれもいけばなの面白いところだなあと感じています。

長々と書いてきましたが、僕はいけばなが大好きなのです。そして、一人でも多くの人にこの楽しさを味わってほしいなあと思っています。この文章を読んでくれているということは、少しはいけばなに興味を持ってくれている方だと思います。是非一度やってみてください。きっと楽しんで頂けると思いますよ。たぶん。

そうそう、いけばなって芸事なのです。センスとか器用さとかはいらないんです(僕もひどく不器用でセンスなんて欠片もありません)。愚直にお花と向き合って稽古をすれば、どんな人でもいつかは素敵なお花が生けられるようになります。たぶん。

五百年ほど前に、池坊専応さんという方がこう言っています。

たとひ器用なしとも稽古のほどふかければ興ある姿を立出す事あり

いけばなを学んでみませんか。