芸に関する考え方や技術、約束事等を門弟に伝えるために書かれたものを「伝書」と言います。芸は口伝と言って師から弟子へ口伝えで継承されるのが一般的ですが、このように書物の形で残ることもあるのです。
いけばなにも様々な伝書が残っていますが、その中でも最も有名なのが『池坊専応口伝』です。16世紀中ごろに活躍した池坊專応が著しました。特にその序文は従来のいけばなとは一線を画す新しいいけばな観を提示しており、一般にこの書をもって所謂 「華道」の理論的成立をみるとされます。
池坊においては『大巻』として現在も伝承されており、基本理念として大切にされています。
川端康成さんがノーベル文学賞を受賞した際の記念講演『美しい日本の私』の中にこの池坊専応口伝の一節を引用したことでも有名です。
下に序文を引用します。『華道古書集成(思文閣)』を参照しました。表記は原則としてこの著に従いましたたが一部旧字を改めた箇所があります。
瓶に花をさす事いにしへよりあるとはきゝ侍れどそれはうつくしき花のみ賞して草木の風興をもわきまへず只さし生たる計りなりこの一流は野山水邊をのづからなる姿を居上にあらはし花葉をかざりよろしき面かげをもとゝし先祖さし初めより一道世にひろまりて都鄙のもてあそびとなれる也。草の庵の徒然をも忘れやすると手ずさみに破甕古枝を拾ひ立て是にむかひてつらつらおもへば慮山湘湖の風景もいたらざればのぞみがたく瓊樹瑤池の絶境もみゝ にふれて見る事稀也王摩詰が輞川の圖も夏凉しきを生ずる事あたはず。舜叔擧が草木の軸も秋香を發することなし又庭前に山をつき垣の内に泉を引も人力をわずらわさずして成事をえずたゞ小水尺樹をもつて江山數程の勝景をあらはし暫時頃刻の間に千變萬化の佳興をもよおす宛仙家の妙術ともいいつべし十符のすがこも七符には花瓶を置て三符に我居ても 見あかぬ床のたのしみは誠に安養界の賓樹賓池も爰をさること遠からずして華蔵世界に吹風も瓶の上にぞにほひくる凡佛も初頓の華嚴といふより一實の法花にいたるまで花をもつて縁とせり靑黄赤白黑の色五根語體にあらずや冬の群卉凋落するも盛者必衰のことはりをしめす其の中にしもいろかへぬ松や檜原はおのずから眞如不變をあらはせり世尊の拈花を見て迦葉微笑せられし時正法眼藏涅槃妙心の法門教の外に別に傳て摩訶迦葉に附属すとはのたまひしか靈雲は桃花を見山谷は木犀を聞皆一花の上にして開悟の益を得しぞかし抑是をもてあそぶ人草木を見て心をのべ春秋のあはれをおもひ一日の興をもよをすのみにあらず飛花落葉の風の前にかゝるさとりの種をうる事もや侍らん
『池坊専応口伝』